Thursday, March 7, 2019

8言葉の世界を楽しむ

大八課 言葉の世界を楽しむ

中学、高校の6年間にわたって
英語の辞書には随分とお世話になったが
国語辞典を引いた記憶はあまりない
国語の先生がせめて英語の辞書の半分くらい国語辞典を引いてくれたらな
どうせ本棚に入れっぱなしで
ほこりをかぶっているんだろうな
とよく嘆いていた
結局、私が国語辞典を引くようになったのは
社会人になってからのことだ
恐らく自国の言葉の意味をわざわざ辞書を引いて調べることは
そんなに多くはあるまい
考えてみれば、国語辞典というのはきちょうめんである
まさか辞書を引く年齢になって(右)の意味がわからない人はいないだろう
しかし、辞書は皆が知っているからと言って省略できるわけではない
だから仕方なく書いているというわけでもないだろうが
基本語の定義は、(右)を調べたら(左の反対)とあり
(左)を見たら(右の反対)というふうに
結局何も説明したことになっていないことが多い
ところが、いくつか辞書を読んでいると
時には面白い発見もある
ある辞書の(右)の定義には
(アナログ時計の文字盤に向かった時に
1時から5時までの表示のある側)とあり
別の辞書には
(正面を南に向けたときの西にあたる側)
人体で通常、心臓のある方と反対側とある
基本語の定義にこんな苦心の跡が見えると
辞書の執筆も大変なのだと思う一方で
定義あ説明の仕方を通してその辞書の個性がうかがえて
親しみさえ覚える
辞書を読むもう一つの楽しみは辞書にはない説明を考えて
頭の体操をやってみることだ
言葉の意味というものは
辞書の定義のほかに
実に様々な物事と結びついて
私たちの頭の中に収納されている
だから、その取り出し方次第で
別の説明が可能になる
例えば、(学校)という言葉
たいていの辞書には
(教師が学生を教育するところ)とあったが
色々な辞書にあったところ
(学生が教育を受ける施設)と書かれたものを一つだけ発見した
このことから大人が作るとどうしても大人の視点で説明してしまうことがわかる
(刑務所)はどうだろうか
案の定(受刑者を収容しておくところ)と書かれている
これではあまりに一方的で味気ない
反対の立場になって作文してみたらどうだろう
刑務所は(反省した末に、
二度と罪を犯さないと誓いを立てるところ)だろうか
それとも、(二度と捕まらないように反省するところ)だろうか
視点を変えたとたんに
色々な世界が見えてきた
反省するどころか
(仲間と次の仕事の相談をするところ)だと言えないこともない
色々と言葉の世界を楽しめそうだ

7 原因はどこに

第七課 原因はどこに
会社で経理の仕事をしている少女が
伝票の処理でミスをして上司に怒られたとしよう
その時、どんなことを心の中でつぶやくだろうか
1 いつもミスばかり。私って、経理に向いてないんだわ
2 もう少し注意して処理すれば、間違いは防げたはずだわ
3 こんなに汚く書かれていたら、誰だって読み間違うわ
4 ついてないな。あの伝票さえ担当していなければ。。。
この四つを挙げたのには訳がある
会社心理学では、なぜそうなったのかを考えることを
(原因帰属)といい
観察して得られたデータをもとに
その理論化が試みられてきた
もっとも、
人間の行動がすべて理論化されて予測可能になるわけではないが
その代表的なものとしてワイナーの原因帰属理論がある
右の表を見てわかるように
(安定性)と(原因の所在)
のそれぞれ二つの要因の組み合わせによって四つのパターンができる
安定性というのは少々分かりづらいが
その結果がいつものことだと考えるなら
安定していると考え
たまたま起こったこと
あるいは場合によって結果が異なると考えるなら
不安定な要因だということである
先の1-4をこの表の分類に当てはめてみると、下のようになる
なお、
参考までに反対に成功した場合の要因帰属を括弧の中に書いておく
1→A:自分の能力のなさだと考える
2→B:努力が足りなかったせいだと考える
3→C:外のもの(=伝票)が悪いと考える
4→D:運が悪かったと考える
ワイナーによれば、この原因帰属によって、
その後の学習意欲が決定されるという
もっとも強い原動力となるのは
(不安定)で、しかも (内部)のことだと認知された場合であるという
失敗した場合を考えるなら
(努力すれば、次はもしかしたら)という期待につながるからだ
同じ(内部)でも(安定)の場合は
(どうせやっても無駄だ)という無力感につながり
学習意欲には結びつかない
同じ(不安定)でも(外部)の場合は
今以上に学習しようという気にはならない
何でも(運)に帰属しがちな人は
学習意欲が出ないどころか、低下することさえあり得る
このようにワイナーは、
その人の成功や失敗のとらえ方が
その時の感情のみならず
その後何を期待するか
更にはどんな行動をとるかにも影響を与えるということを
理論化して示したのである


6実感

第六課 実感

量や程度を表す為に色々な単位がある
どんなに大きな物でも数字と単位と単位で示すことができる
所が、日本で一年間で消費されるビールの量が710万キロリットル
だと書いてあっても
どれくらい多いのか直ぐに納得する人は少ないだろう
要するに、数として頭では理解できても
桁が多くなると
単なる数字の塊にしか見えなくなるということである

そんな時には、平均して
一人当たり56リットルと書けば
少しは実感できるようになる
しかし、全体を実感するには
誰にもなじみがあるものに置き換えて示すのがいい
例えば、東京ドーム5.7枚分と書けば
ああ そんなに多いのかと納得がいくわけだ

数を実感するというのは
その数の意味を実感することでもある
例えば、大企業の場合には一年間に消費される紙の量は
それを積み重ねると富士山の三倍近くになると知れば
多さを実家すると共に
資源節約の必要性についても頭が刺激される

さて、学校で人類の直接の祖先の誕生は
およそ20万年前~10万年前だと学ぶ
しかし、あまりに昔のことなのでピンと来ない
人間の寿命は100年にも満たないのだから
万の単位を実感しろというのは無理な話だ
時は目には見えないが、カレンダーによって
私達は一日、一か月、一年という単位を意識しながら
生活している
そこで、実感するために地球の歴史
46億年を一年の長さに縮小した
地球カレンダーを作ってみる
すると人類の歴史も違って見えてくる
実感するのは程度の大きさばかりではない

1月1日が地球の誕生日だとすると
人類の祖先が誕生したのは12月31日
夜の11時半を回ったころである
人類の誕生は遥か昔の出来事だと思っていたが
その歴史も地球の歴史に比べれば何と短いことか

こうして何か身近なものに置き換えてみることで
数が実感できるようになると同時に
その数の意味、すなわちことの重大性や
はかなさも感じ取ることができるわけだが
置き換えるものを身近な共同体にすると
先の二つの例とはまた違った実感の仕方ができる
例えば、日本の卒業率が5%に達したことを
100人のうち5人が仕事がない
と言えば少し実感がわくが
それでも、まだ数字の世界のことのような気がする
そこで 今、この教室にいる20人のうち1人が仕事がない
としてみると、5%がもつ意味をより深く考えさせられるのではないか

近年 世界がもし100人の村だったら
という見方がブームになったが
結局人々を引き付けた理由というのは
実感だったのではないだろうか


5.playpark

第五課 プレーパーク

十八歳で田舎から出てきた私にとって
都会は活気に満ちた
魅力ある世界に映った
昼夜を問わず、そこには様々な情報と物が集まり
をれを人々が消費していく
やがて時は流れ
結婚して二児の母親になり
今は平凡な生活を送っている
そして今、近くの公園で息子たちが遊ぶのを眺めながら
ふと懐かしく思い出すことがある
この公園にはブランコや滑り台はもちろん
ちょっとしたフィールドアスレチックができる設備もあり
それなりに楽しめる
また、ちょっと足を伸ばせば
裸足で水遊びができる公園もあることはある
でも、何かがない
どんな公園でも、子供が自然と
接しする場所があることは有り難いことである
ただ、きれいに整備された公園では何かわくわくさせるものがない
私が田舎で経験した冒険がないのである
ある日、市の広報誌で私の住む町に(プレーパーク)というのができた
ことを知った
冒険遊び場と呼ばれ、地域の人々のボランティアによって
運営されているらしい
そんなに遠くない場所なのでどんな所か見に行った
そこには見慣れた公園の風景とは全く違うもの
私の幼いころの思い出と重なるものがあった
整備されていないのである
そこにはただ遊びのもとが転がっているだけだ
どこからか拾ってきた木や段ポール
登ったりロープを結べるような木もある
整備されていないばかりか、
それは危険だから禁止しますといったルールもいない
何だってできるのである
これを使ってこう遊びなさいと言われることもない
地面を好きなだけ掘ってもいいし
小さな川を作りたければ作ってもいい
泥だらけになって遊び子供たちは生き生きしている
自分の責任で自由に遊ぶというのがここのモットーなのだ
ただし、子供たちが大きなけがをせずに
好奇心と冒険心を満足させられるように
必ず大人のリーダーがいて
それを見守っている
リーダーといっても子供たちを指導し
育てるのではなく
育つのを手助けする存在である
見学を終えた私は、
とにかく何かせずにはいられなかった
そこで、冒険遊び場のことを色々と聞き
運営の手伝いを申し出た
プレーパーク作りの活動団体は全国に広がっているという
こういう地域の論はドンドン増えていって欲しいものだ

Wednesday, March 6, 2019

4.yotsume no R

第四課 四つ目のR
ゴミが大きな環境問題になりそうだと気が付いたのは
もう何十年も前のことである
それから私達の意識
行動はどの程度変わったのだろうか
ゴミに限らず、私達は嫌なものがとりあえず目に見えない状態になる
と安心する
子供が汚してしまった服のことをお母さんに言えずにそっとベッド下に
隠しておくこととどこか共通したものがある
とりあえず燃やしてしまえば、あるいは埋めてしまえば安心する
それっきり忘れられたら良かったのかもしれないのだが
現実は、ゴミの増加にともなって、焼却による有毒なダイオキシンの発生
埋め立てによる土壌汚染などが明らかになった
見えないようにしていたものが
自分たちの健康を脅かすものとして見え始めた
そして処理しきれずに、高くなる一方のごみの山
大量生産、大量消費、そして大量のゴミ
という社会の仕組みを反省し
可燃、不燃を問わず、とにかくゴミの量を減らさなければと考えた
しかしどうやって、使い終わって不要になるものもあれば
壊れてしまう物もある
贅沢な暮らしでなくでも
生活していればゴミが出ない訳がない
そこで、ゴミとして処理される運命にあったものを資源として再利用して新しい物を作ったり
あるいはまだ使えるなら
ほかの人が使ったりすることのよって
ゴミの量を減らそうと考えた
ゴミの分別収集が始まり
フリーマーケットが盛んになったのもそのためだ
別の用途に使うことでもゴミは減らせる
ティシュの空き箱を小物入れに使うなど
昔から色々なアイデアがあったが
昔との違いは、けち というレッテルが張られなくなったことだ
ゴミを減らすこと、資源として再利用すること
別の人が使ったり別の用途に使うことは
それぞれ英語でreduce、リサイクル, reuse、と言うので、
その頭文字を取って3R と呼ばれる
日本でゴミ問題を考える際には、
この三つのRのみが取り上げられることが多いようだが
実は第4のRがある
そしてこの四つのRこそ日本の社会では一目簡単なようで
実はもっとも難しいものではないかと思われる
それはリフューズ(断る)である
断るというと、スーパーのレジでただで貰える袋や本屋で
当たり前のように付けてくれる紙のカバーのことを考えるだろう
しかし、このRには消費者としてゴミになる無駄なものを買わないということ
そして生産者側もゴミになるものを作らないということも含まれる
果たして日本ではどうだろうか

3.shokuseikatsu

第三課 食生活を見直そう
どの国にもその国独自の食文化がある
料理や食事のマナーだけでなく、
食事に対する考え方、食を通じたコミュニケーションなど
その文化を作り上げている要素は幅広い
同じアジアでも日本と全く同じ食文化の国はないのだから
それがよろっぱの国ならば、随分異なる
そんなよろっぱのイタリアの地方都市で
1986年にファストフードの出店をきっかけに
食文化を見直そうという運動が始まった
そして89年にはスローフード協会という団体が設立された
よろっぱの人の考える食文化だから日本とは関係ないだろうと思っていたら
10年余りで世界38か国
132都市に協会を持つまでに広がり
日本にも99年に協会が設立された
異なる食文化を持つ国々に
一人の運動がなざこれほど広がっていったのか
そこには世界規模の何か共通した食文化についての
危機感があったのだろう
流通システムが発達し
コンビニをはじめ
ファストフード店やファミリーレストランなどのチェーン店が増え
同じ食べ物がどこでも手軽に食べられるようになった
それは食事を作るのが面倒な人や仕事で忙しい人にとっても
あるいは家族で外食を楽しむ人にとっても有り難いことだ
しかし 食べ物が規格通りに大量生産される一方で
各地域の伝統的な食は隅に追いやられる
食の多様性が失われつつある
スローフード運動というと
食事くらいゆっくり食べようじゃないか
というスローガンだけで語られることがあるが
協会が目指していることはもっと食文化の基本にかかわることである
スローフード運動の三つの方針
1.消えつつある伝統的料理および質の高い食品を守る
2.質の高い素材を提供してくれる小生産者を守る
3.子供たちを含めた消費者全体に味の教育を進める
この方針が示すように
ゆっくり食事することが目的ではなく
ゆっくり食事を取ることで
普段何気なく口にしている食べ物に目を向け
その食べ物を通して
自分たちの住む地域
国の食文化を見直していこうということだ
そこには やはり消えつつある食卓を囲んだ一家団欒の風景も見えてきそうだ
この運動はこの先も直実に広がっていくだろうか
それとも、一人のブームで終わってしまうのだろうか

Saturday, February 16, 2019

2.atom boy

日本はロボット先進国である。そのロボット開発巣を語る上で忘れてならない少年がいる。それは半世紀も前に子供たちを夢中にさせたsf映画の主人公(悦アトム)である。
人間のように歩き、会話もできる。空を自由に飛び回り、悪者を倒す正義の少年ロボットだ。このhiirooが今日に至るまで、日本におけるロボット開発に刺激を与えつずけてきた。いつか人間と共存し、人間にはできないことをやってくれるアトムのようなロボットを作りたいと。
アトムのよう人間のロボットを開発するにあたって最も困難だとされていたのが、完全に二足歩行だった。それを乗り越えるために、プロジェクトチームを作った会社があった。
自動車メーカーとして有名な本田技研工業である。1986年のことだった。

彼らはその年のうちに足を交互に出して歩かせることに成功したが、それは人間の歩き方にはほど違いものだった。そこで、研究者たちは、歩く仕組みを理解するために、動物園で動物の動きを観察したり、自分の足に測定器具を取り付け、dataを集めたりした。しかし、結果が出ないまま3年が過ぎた。金を使うだけで、完全の見通しが立たない開発から手を引くべきだという声が上がり始め、会社側は開発をあきらめがけていた。しかし、彼らは人間と同じメカニズムで、歩かせることに何とか成功し、研究は中止されずに済んだという
歩かるといっても、まだ動作が不安定で、平らなところだけだった。下半身だけで歩行らしい歩行ができるようになったのが93年。上半身を付けて安心した歩行とより人間らしい高度な動きができるように改良を重ねた。
そして2000年、遂に人間型ロボット(asimo)を出ブウさせた。
それは機械にしては非常に人間ぽい動きで、まるで中に人が入っているかのような歩き方と身振りだった。ロボットという言葉が1920年に登場して以来、世界で様々なロボットが考えられ、そして、作られてきた。この2000年という年は、人間らしいロボットにこだわり続けた技術者たちが、一つの結果を出した年だった。
アトムと遊べる日がいつか来るだろうか。彼が漫画の中で誕生したのは2003年のことである。人間に愛されるpartnerとしてのロボットを目指し、技術者の挑戦は続く。