日本はロボット先進国である。そのロボット開発巣を語る上で忘れてならない少年がいる。それは半世紀も前に子供たちを夢中にさせたsf映画の主人公(悦アトム)である。
人間のように歩き、会話もできる。空を自由に飛び回り、悪者を倒す正義の少年ロボットだ。このhiirooが今日に至るまで、日本におけるロボット開発に刺激を与えつずけてきた。いつか人間と共存し、人間にはできないことをやってくれるアトムのようなロボットを作りたいと。
アトムのよう人間のロボットを開発するにあたって最も困難だとされていたのが、完全に二足歩行だった。それを乗り越えるために、プロジェクトチームを作った会社があった。
自動車メーカーとして有名な本田技研工業である。1986年のことだった。
彼らはその年のうちに足を交互に出して歩かせることに成功したが、それは人間の歩き方にはほど違いものだった。そこで、研究者たちは、歩く仕組みを理解するために、動物園で動物の動きを観察したり、自分の足に測定器具を取り付け、dataを集めたりした。しかし、結果が出ないまま3年が過ぎた。金を使うだけで、完全の見通しが立たない開発から手を引くべきだという声が上がり始め、会社側は開発をあきらめがけていた。しかし、彼らは人間と同じメカニズムで、歩かせることに何とか成功し、研究は中止されずに済んだという
歩かるといっても、まだ動作が不安定で、平らなところだけだった。下半身だけで歩行らしい歩行ができるようになったのが93年。上半身を付けて安心した歩行とより人間らしい高度な動きができるように改良を重ねた。
そして2000年、遂に人間型ロボット(asimo)を出ブウさせた。
それは機械にしては非常に人間ぽい動きで、まるで中に人が入っているかのような歩き方と身振りだった。ロボットという言葉が1920年に登場して以来、世界で様々なロボットが考えられ、そして、作られてきた。この2000年という年は、人間らしいロボットにこだわり続けた技術者たちが、一つの結果を出した年だった。
アトムと遊べる日がいつか来るだろうか。彼が漫画の中で誕生したのは2003年のことである。人間に愛されるpartnerとしてのロボットを目指し、技術者の挑戦は続く。
Saturday, February 16, 2019
Wednesday, February 6, 2019
japanese colloquial expression
1 思わせぶり
意味 =人を気になるようなさせる言動
使い方 =その言い方は思わせぶりだ
to show on purpose that you are interested o whom you are talking to
pura-pura menunjukkan ketertarikan pada lawan bicara
2すっからかん
意味 =お金がまったくない
使い方 =すっからかんになる
completely broke
gak punya uang sama sekali
3見え見え
意味 =本心が外からよくわかる
使い方 =見え見えの噓だ
you can see he is lying
ketahuan bohongnya dari luar
意味 =人を気になるようなさせる言動
使い方 =その言い方は思わせぶりだ
to show on purpose that you are interested o whom you are talking to
pura-pura menunjukkan ketertarikan pada lawan bicara
2すっからかん
意味 =お金がまったくない
使い方 =すっからかんになる
completely broke
gak punya uang sama sekali
3見え見え
意味 =本心が外からよくわかる
使い方 =見え見えの噓だ
you can see he is lying
ketahuan bohongnya dari luar
1.katakana
最近カタカナの使い方をめぐる理論をよく聞く
カタカナは普通、外来語を書く場合には使われるが、
ただかっこいいからとか、新鮮な印象を与えるからという理由だけで使う人がいる。
それに対して何のことかさっぱりわからないかたかなをつかうな、と怒るひとがいる。
確かに元々ある日本語で表現できるなら、また翻訳の日本語で十分意味が伝わるなら、
わざわざかたかなを使うことはないだろう。しかし、カタカナの利点も否定はできない。
belakangan ini sering terdengar perdebatan seputar cara penggunaan huruf katakana
biasanya katakana dipakai pada situasi penulisan kata serapan dari bahasa asing,
namun ada juga orang yang menggunakannya karena keren, atau memberi kesan yang baru.
sedangkan ada juga orang yang marah dan mengatakan aku tidak mengerti sama sekali.
memang pada awalnya dengan ekspresi bahasa jepang yang ada, maupun makna yang tersampaikan melalui
tulisan bahasa jepang, bukankah tidak perlu menggunakan katakana.
namun keunggulan katakana tidak perlu dipungkiri.
lately there is often debate about the way to use katakana letters
usually katakana is used in situations of writing words from foreign languages,
but there are also people who use it because it's cool, or gives a new impression.
while there are also people who are angry and say I don't understand at all.
If it can certainly be expressed in Japanese originally, if the meaning is transmitted sufficiently in Japanese of translation, However, the advantage of katakana can not be denied.
例えば、(セクハラ)というカタカナ言葉は外来語で、
(性的嫌がらせ) という翻訳があるが、カタカナ言葉のほうがよく使われる、
確かに、(性的嫌がれせ)という翻訳は、それがどんな行為かを示すことはできる。
しかし、その行為は昔からあったことだ。価値観というものは時代とともに変わる。
セクハラというカタカナ言葉は、(今はそういう行為は犯罪だと認められる時代になった)ということを主張しているのではないか。つまり、カタカナを使うことによって、その新しい価値観や考え方を社会な背景と一緒に示すことができるというわけである。
(パラサイト、シングル)はどうだろうか。成人した後も親と同居する未婚者のことを最近はこう呼ぶらしい。パラサイトとシングルはそれぞれ英語で(寄生)、(未婚者)を意味する言葉だ。一つ一つは外来語だが、(パラサイト、シングル)と呼ばれる人々は日本の会社の話である。つまり、輸入された言葉で環なく、国産のカタカナ言葉である。
親と同居する未婚者は昔からいたはずだ。それなのに、わざわざカタカナ言葉でパラサイト、と呼ぶのには、訳があるはずだ。そこにはやはり、価値観の変化、そして社会的な背景があるに違いない。
親にしてみれば、いつまでも子供のことが可愛くて仕方がないのだろうか、家賃や食費の心配もなく、家事などの身の回りのことも親が世話をしてくれるなら、これほど楽な生活はない。その上、晩婚化が進んでいるため、親と同居する期間がますます長くなる。
大人といえば、自立している人間のことだと考えていたが、成人後も同居をcontinue未婚者は大人と言えるだろうか。自立するとはどういうことなのか。自立が難しい社会、晩婚化が進む社会とはどんな社会なのか、そういったことを子のカタカナ言葉は問いかけているように思う。
例えば、(セクハラ)というカタカナ言葉は外来語で、
(性的嫌がらせ) という翻訳があるが、カタカナ言葉のほうがよく使われる、
確かに、(性的嫌がれせ)という翻訳は、それがどんな行為かを示すことはできる。
しかし、その行為は昔からあったことだ。価値観というものは時代とともに変わる。
セクハラというカタカナ言葉は、(今はそういう行為は犯罪だと認められる時代になった)ということを主張しているのではないか。つまり、カタカナを使うことによって、その新しい価値観や考え方を社会な背景と一緒に示すことができるというわけである。
(パラサイト、シングル)はどうだろうか。成人した後も親と同居する未婚者のことを最近はこう呼ぶらしい。パラサイトとシングルはそれぞれ英語で(寄生)、(未婚者)を意味する言葉だ。一つ一つは外来語だが、(パラサイト、シングル)と呼ばれる人々は日本の会社の話である。つまり、輸入された言葉で環なく、国産のカタカナ言葉である。
親と同居する未婚者は昔からいたはずだ。それなのに、わざわざカタカナ言葉でパラサイト、と呼ぶのには、訳があるはずだ。そこにはやはり、価値観の変化、そして社会的な背景があるに違いない。
親にしてみれば、いつまでも子供のことが可愛くて仕方がないのだろうか、家賃や食費の心配もなく、家事などの身の回りのことも親が世話をしてくれるなら、これほど楽な生活はない。その上、晩婚化が進んでいるため、親と同居する期間がますます長くなる。
大人といえば、自立している人間のことだと考えていたが、成人後も同居をcontinue未婚者は大人と言えるだろうか。自立するとはどういうことなのか。自立が難しい社会、晩婚化が進む社会とはどんな社会なのか、そういったことを子のカタカナ言葉は問いかけているように思う。
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